Kommentar 2014 Nr. 8

 

 

 


Thema : Ludwig van Beethoven

 

 


Sigismund von Neukomm

 


Teil 1

 

 

 

 

 

 

 


Wolfgang Amadeus Mozart
と同郷で彼の音楽を敬愛し
また
Joseph Haydn
の生徒となって彼と生涯に亘る親密な関係を築いた
古典派から Roman 派の時代に掛けての
作曲家、Klavier 奏者、指揮者で楽長
Sigismund Ritter von Neukomm
に関して

 

 Sigismund von Neukomm (1778-1858) は 1778 年 7 月 10 日に、Salzburg の Getreidegasse にある Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791) の生家の向かいの家で、教員の息子として生まれる。
その名前は彼の名付け親となった Sigmund Haffner der Jüngere (1756-1787) に因んで与えられた。

 Sigmund Haffner は同名の Salzburg 市長を務めた人物の息子で、1776 年にその姉 Marie Elisabeth Haffner (1753–1781) の結婚式の機会に、Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791) が Serenade in D-dur, KV 250 („Haffner-Serenade”) を作曲し、またその 6 年後にはその弟 Sigmund の貴族叙階の機会に、Symphonie in D-dur, KV 385 („Haffner-Sinfonie”) を作曲した事で、音楽史上に於いてもその名を良く知られている。

 Neukomm は幼い頃から音楽に大きな関心を示した為に 7 歳の時より、Salzburg 司教座聖堂の Orgel 奏者を務めていた、Franz Xaver Weißauer ( -1797) に最初の音楽教育を受ける。
その後には Joseph Haydn (1732-1809) の弟で、1763 年より Salzburg の宮廷作曲家兼 Konzertmeister、また 1782 年からは Wolfgang Amadeus Mozart の後任として、Salzburg の三位一体教会の Orgel 奏者を務めていた、Michael Haydn (1737-1806) の下で和声学を学ぶ。
因みに Michael Haydn が 1768 年に結婚した、司教座聖堂 Orgel 奏者 Franz Ignaz Lipp (1718-1798) の娘で Salzburg の宮廷歌手の、Maria Magdalena Lipp (1745-1827) と Neukomm の母親 Maria Cordula Rieder (1753-1814) は親戚関係にあった。

 Neukomm は未だ 14 歳の時に、師の代理で Orgel の演奏をするようになっていたが、それから 2 年後には Salzburg の Kollegienkirche (大学教会) の Orgel 奏者となり、また 1796 年から翌年に掛けては、宮廷劇場の Korrepetitor としても働いていた。
しかし可能な限りの広範な教育を子供に受けさせる事を重視した父親の意向により、1796年迄は Salzburg 大学に於いて、彼自身の証言によれば哲学と数学を勉強した。

 1797 年になると Neukomm は、師の Michael Haydn の推薦状を携えて Wien に行き、その兄の Joseph Haydn を訪ねる。Joseph Haydn はその時に Neukomm を生徒として受け入れている。
Wien に於いて Neukomm はその後不規則ではあったが、7 年の間 Joseph Haydn の教えを受ける事になる。その内容は彼自身の記録に拠ると、「既に理論面の勉強は終わっていたので、芸術の美学的側面に関する事を重点的に Joseph Haydn より教わった。」

 この間 Neukomm は Wien 大学に於いて自然科学史と医学の勉強もしていたが、生活の糧は Klavier と声楽を教える事によって得ていた。その生徒の中には後の Wien の宮廷劇場の歌手で、Beethoven が彼の唯一の Oper „Fidelio” の主役 „Leonore” を彼女の為に書き、また実際に 1805 年の第 1 稿、その翌年の第 2 稿及び 1814 年の最終稿の初演で歌った、Pauline Anna Milder (1785-1838、1810 年に Paul Peter Hauptmann と結婚後は Pauline Anna Milder-Hauptmann を名乗る) や、Cembalo の演奏を教えた Wolfgang Amadeus Mozart の末子で、幼少期を生き延びた子供としては第 2 子に当たる Franz Xaver Wolfgang Mozart (1791-1844) が特に知られている。

 Neukomm と Joseph Haydn の間には間も無く大変親密な関係が築かれて、Haydn の家では実際の子供の様に受け入れられたが、Neukomm も Haydn を „Vater” (お父さん) と呼び、Neukomm から Haydn に宛てた手紙では生涯に亘って、Haydn をとても敬愛する Meister として語りかけ、実際にも常に „Theuerster Papa!” (最愛の Papa!) と書いていて、両者の間に培われていた深い愛情を見て取る事が出来る。

 

 


Sigismund von Neukomm
による記録の原文は省略
日本語訳及び [ ] 内の補注は執筆者による

 

 


この先は次回
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[Archiv / Kommentar 2015 Nr. 1]
へ続く

 

 


上部の写真:


Salzburg の旧市街中心地

左の緑色の円屋根と正面に 2 つの塔を持つのが司教座聖堂
中央の黒い円屋根を持つのが Kollegien 教会 (大学教会)
その奥の高い尖塔は Franziskaner 教会
その右の赤い塔は Michael 教会
奥の山上は Hohensalzburg 城塞

 

 

 

 

 

 

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