Kommentar 2016 Nr. 8

 

 

 


Ludwig van Beethoven


und


seine Zeit

 

 


Domenico Carlo Maria Dragonetti

 


Teil 5

 

 

 

 

 

 

 


»Domenico Carlo Maria Dragonetti Teil 4«
[Archiv / Kommentar 2016 Nr. 7]
より続く

 


Beethoven を始めとする
数多くの著名な作曲家と親交を結び
最初の国際的な Kontrabaß の名奏者として
後期古典派及び Roman 派に於ける
独立した Kontrabaß 奏法の発展に多大な功績を遺した
Domenico Carlo Maria Dragonetti
について

 

 England に於いては昔から現在に至る迄変わらず、社会の中で人々の興味本位の関心が網の目状に入り組んで伸びており、様々な事がそれに大きく影響されるという状況が続いている。
音楽の世界ではこれが音楽報道のされ方に現れ、音楽家の経歴のその後の上昇や下降を殆ど決定付けてしまうという事が珍しく無いという程の強い影響力を表す。
この初期の一例が Domenico Carlo Maria Dragonetti (1763-1846) に絡んで 1839 年の初頭に現れた事があった。

 それは、Philharmonic Society の第 5 回目の定期演奏会に於ける出来事であった。
既に 76 歳にはなっていたが未だ現役の奏者であった Dragonetti が、原因は明らかにされてはいないが、その演奏会で舞台に登場するのが遅れるという事があった。
その事を England に於いて影響力のあった The Musical World という音楽雑誌が、その演奏会の批評に加えて以下の様な注釈を載せた。

 


遺憾ではあるが、
如何に高齢と病が
この尊敬すべき芸術家の根底に横たわっているか
という事を我々は確信する。

 


 Dragonetti は現代であれば音楽事務所が請け負う様な、音楽家の営業上の代理人という役割も当時同時に担っていたので、自由契約の芸術家として活動を行っていた彼は、自身の健康状態や専門能力の信頼性に関して公に疑問が呈されるという様な状況は、絶対に回避しなければならなかった。
そのために今回は、恐らく批評家が悪意無く書いた一文ではあったかも知れないが、これに対して Dragonetti はとても敏感に反応した。

 The Musical World の批評家が書いた文章は、自分個人に対する誹毀中傷だとして、Dragonetti はとても憤激し、親しい友人、他の音楽出版社、知り合いの作曲家達や、Philharmonic Society の創設時の会員の一人で、Orgel 奏者、作曲家、指揮者、また現代迄存続する音楽出版社 „Novello & Co.” を創設した Vincent Novello (1781-1861) 等の協力を得て、Musical World の批評家への返答として 「英国の音楽聴衆」 という標題の文章を公開書簡の形で執筆した。

 しかしこの文章の Musical World に於ける発表が、Novello 等の催促にも拘らず滞っていたために、Dragonetti は London の大新聞を使っての宣伝活動を自費で行おうかと考えた。
しかしその為の経費が凡そ £ 50 程にもなるという事が分かってそのやり方からは距離を置き、この公開書簡を印刷して広く頒布する事にした。

 Musical World に対する新聞社や雑誌社の競合相手達は好んでこの話題を取り上げる様になり、数週間後に遂に Musical World 社は屈服し、あらゆる謝罪を以てしてもこの自社への批判の大波を鎮める方が優先するという決定を下した。
Novello が執筆した何頁にも亘る力強い言葉による Dragonetti を褒め称える賛歌が、全文 Musical World に掲載され、同様の内容はその他の出版物に於いても発表された。

 こういう風にして Dragonetti は再び音楽報道の世界に於いても偏在する事となり、こういう形での結末がそう長くは無いその後の彼の経歴に於いて、とてつもなく多くの利益をもたらすという事になった。
闘志盛んな音楽家との経験を通して、注意深くならざるを得なかった当時の批評家達は、その後 Draganetti にはとても気を配る様になり、彼には殆どの場合最も好意的な言及しか述べられる事が無くなるという状況になった。

 

 


この先は次回
»Domenico Carlo Maria Dragonetti Teil 6«
[Archiv / Kommentar 2017 Nr. 1]
へ続く

 

 


上部の写真:


上記の出来事があった頃
Philharmonic Society の会場として利用されていた
Hanover Square Rooms


Regent Street の Argyll Rooms が
1830 年に焼失して以来 1869 年に至る迄の間
Philharmonic Society 主催の
演奏会の会場となっていた

 

 

 

 

 

 

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