Kommentar 2019 Nr. 6

 

 

 


Ludwig van Beethoven


und


seine Zeit

 

 


Antonio Salieri

 


Teil 18

 

 

 

 

 

 

 


»Antonio Salieri Teil 17«
[Archiv / Kommentar 2019 Nr. 5]
より続く

 


Wolfgang Amadeus Mozart や
Ludwig van Beethoven が
Wien で活動していた時代の
作曲家で
Wien の宮廷楽長
Antonio Salieri
について

 

 Antonio Salieri (1750-1825) による 5 幕の dramma tragicomico „Axur, re d’Ormus” (Ormus の王 Axur) の初演は、皇帝 Joseph II. (1741-1790) の意向に拠り、彼の甥で後に皇帝 Franz II. となる Austria 大公 Franz Joseph Karl (1768-1835) と、Elisabeth von Württemberg (1767–1790) との結婚の祝祭行事の一つとして行われる事となった。
普段は倹約を旨としていた Joseph II. であったが、この結婚の行事に対しては節約する事をせず、„Axur, re d’Ormus” の上演の為に大変豪華な衣装と舞台装置を用意させた。

 Franz Joseph Karl と Elisabeth の結婚式は 1788 年 1 月 6 日に挙行され、„Axur, re d’Ormus” の初演はその 2 日後の 1 月 8 日に、Wien の Burgtheater に於いて行われた。
皇帝によって推し進められたこの作品は、Wien の宮廷劇場に於ける最も成功した制作の一つとなり、初演以降最初の 3 年の間に Wien に於いて行われた公演は 51 回にも及び、最初は初演の行われた Burgtheater に於いて、1790 年 10 月以降は Wien のもう一方の宮廷劇場であった Kärntnertortheater に於いても、その演目として採り上げられる様になった。

 この作品では recitativo accompagnato から、それ自体大変自由な様式で作曲された歌唱曲への自由な移行部を始めとして、幕全体が中断無く通して作曲されている事、自由な作曲法に基づく形式の多様さ、またこの作品の原作となった、Paris の為に Salieri が書いた Prolog 付き 5 幕の Oper „Tarare” では、喜劇的要素と劇的要素がかなり頻繁に交代していたのに対して、„Axur, re d’Ormus” の方ではそれ等をある程度迄切り離して、その両者を比率良く配分した事等が功を奏し、その初演以来間も無くこの作品は、Salieri による舞台作品の中で最も良く知られて好まれたものとなった。

 „Axur, re d’Ormus” はこれ以降 1805 年迄の間に、Wien に於けるだけで 100 回以上の公演を迎え、何種類もの Klavier の伴奏と歌唱による楽譜、弦楽四重奏や管楽合奏等の為の編曲、また作品中の個々の歌唱曲の Thema に基づく様々な変奏曲集等も数多く出版されて、これ等の編曲版は更にこの作品が広く知れ渡っていく事に寄与する事となった。
その様子は当時人気を博していた、Flute 時計を始めとする各種の自動演奏楽器の為の音楽として、この作品中の人気のある曲が各種好んで使用された事にも窺う事が出来る。

 批判的精神が旺盛な作家、音楽評論家でまた作曲も行った E. T. A. Hoffmann (1776-1822) は 1795 年に、彼にとっては大変異例な事に、„Axur, re d’Ormus” について以下の様な賞賛の言葉を残している。

 

 ・ ・ ・ この Oper の音楽は Salieri による他の全作品と同様
実に卓越したものとなっている。
楽想の潤沢さと的確な朗誦法は
その音楽に Mozart と同等の地位を与えている。
おお友よ
この様に作曲された唯一の Oper は
私の人生を幸福なものにしてくれます。

 

 „Axur, re d’Ormus” の最初の独語版は 1790 年に、「伊語版及び Beaumarchais [Pierre Augustin Caron de Beaumarchais (1732-1799)] の Tarare に基づく 、Dr. Schmieder による 4 幕の Oper „Axur, König von Ormus” 」 として発表されている。
この独語版では、作品の構成に関しては Lorenzo Da Ponte (1749-1838) による伊語版の単純な独語訳では無く、„Axur, re d’Ormus” の基となった仏語による „Tarare” 中の、Rezitativ の部分より引用された散文による対話が導入されている。
この独語版は 1790 年 8 月 14 日に Frankfurt am Main に於いて初演を迎え、同地では 19 世紀に入ってからも新演出による上演が 1830 年と 1843 年に行われている。

 

 


E. T. A. Hoffmann
による
„Axur, re d’Ormus” の批評文の
原文は省略
日本語訳は執筆者による

 

 


この先は次回
»Antonio Salieri Teil 19«
[Archiv / Kommentar 2019 Nr. 7]
へ続く

 

 


上部の写真:


„Das Glück der Zukunft: Joseph II. als Ehestifter”
(行く先の幸福 : 仲人としての Joseph II.)

描かれているのは左より
Württemberg 公爵夫人 Friederike Dorothea Sophia
Elisabeth von Württemberg
皇帝 Joseph II.
Austria 大公 Franz Joseph Karl
Austria 大公 Leopold


Pietro Antonio Lorenzoni (1721-1782) の原画に基づき
銅版画家 Quirin Mark (1753-1811) の制作による
彩色銅版画


ca. 1788

 

 

 

 

 

 

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