Memorandum 2014 Nr. 4

 

 

 


Über Österreich und Wien

 

 


Kurfürst

 


Teil 10

 

 


選帝侯 (第10回)

 

 

 

 

 

 

 


»Kurfürst Teil 9«
[Archiv / Memorandum 2014 Nr. 3]
より続く

 


Kurfürst とは
神聖 Roma 帝国に於いて 13 世紀以降
Roma ドイツ王を選出する独占的権利を認められた
人数の限定された帝国の有力諸侯団。
この Roma ドイツ王位は
神聖 Roma 帝国皇帝位と密接に結び付いている為に
実質的には神聖 Roma 帝国皇帝が
選帝諸侯団に選出されるという意味になる。

 

 皇帝 Karl IV. (1316-1378) によって 1356 年に、神聖 Roma 帝国の最高法規として公布された „Goldene Bulle” (金印勅書)では、Mainz の大司教が帝国大宰相として、最期の皇帝又は Roma ドイツ王が亡くなってから 30 日以内に、Frankfurt am Main に選帝諸侯を招集する事とされている。
それに続く Roma ドイツ王選出の際の手続きは、Roma 法王の選挙手順をその手本として以下の様に定められている。

 

 「選帝諸侯によって Roma ドイツ王の選挙が行われる、皇帝大聖堂と呼ばれる Frankfurt am Main の St. Bartholomäus 司教座聖堂に選帝諸侯が立ち入る前に彼等は、いかなる秘密の申し合わせ、報賞や謝礼無しに後継者の王を決定する事を誓約しなければならない。
定められた形式と方法によるその誓約を済ませて初めて、選帝諸侯は St. Bartholomäus に入堂できるが、世俗及び聖職界の選帝侯の過半数によって、世俗界の統治者であり将来の皇帝となる Roma ドイツ王が選出される迄は、選帝侯或いはその代理となる使者は Frankfurt am Main の町を立ち去ってはならない。
しかしながら若し誓約の日から数えて 30 日以内にこの決定が行われない場合には、この日にちが経過後は彼等はパンと水のみを摂り、選帝諸侯全員によって、或いは彼等の過半数によって支配者又は世俗界の統治者が選出される迄は、如何なる場合にもこの町から立ち去ってはならない。」

 


 選帝侯による投票は彼等の身分に応じて順番に行われる。
最初に投票するのは Trier の大司教。2 番目には Köln の大司教が投票する。
Roma ドイツ王並びに神聖 Roma 帝国皇帝の戴冠式は、936 年以降 Aachen で行われる事となっていたが、この Aachen の町が Köln の大司教区に属している限りは、この Köln の大司教がこれ等の戴冠を行う権利を有していた。

 これに次いで 3 番目には Bohemia 王が王冠を頂いた世俗侯爵として、4 番目には Rhein 宮中伯が投票する。
Rhein 宮中伯は Roma ドイツ王或いは皇帝の空位時、及び皇帝のドイツ領内不在時には帝国代行として、Frank 法が有効な全ての国々に於いて、Roma ドイツ王或いは皇帝の代理を務めた。
またRhein 宮中伯は、Roma ドイツ王が帝国の定められた法に背く行為を行った際には、王を裁く裁判官の役目も務めた。

 5 番目に投票するのは Sachsen 公爵で、Sachsen 公は Rhein 宮中伯と同様に、Roma ドイツ王或いは皇帝の空位時と皇帝のドイツ領内不在時には、Sachsen 法に基づく全ての国々に於ける皇帝の代理を務める事になっていた。
Sachsen 公に次いで 6 番目には Brandenburg の辺境伯が投票する。

 最期の 7 番目に Mainz の大司教が投票する。
Mainz の大司教は身分の点では選帝諸侯の中で最高位にあるが、それが最後に投票する様に定められているのは、6 番目迄の選帝侯の投票の結果票が同数で分かれてしまった場合に、実質的には最期に投票する選帝侯が結果を決定する事になるという理由による。

 „Goldene Bulle” に先立つ 1338 年に、Rhens に於いて開かれた選帝侯会議の結果定められた様に、選帝諸侯による Roma ドイツ王の選出に当たっては、法王の同意を必要としないという点が、この 1356 年の „Goldene Bulle” に於いても改めて定められた。
また同じく Rhens の選帝侯会議で既に定められてはいたが、それ以前まで Roma ドイツ王の選出に必要とされていた、選帝諸侯の全員一致の原則に代わって、多数決原理がこれ以降施行される事が改めて確認された。

 

 


Goldene Bulle の原文は省略
日本語訳は執筆者による

 

 


この先は次回
»Kurfürst Teil 11«
[Archiv / Memorandum 2014 Nr. 5]
へ続く

 

 


上部の写真:


Frankfurt am Main の
St. Bartholomäus 大聖堂内陣
Joseph II. (1741-1790) の
Roma ドイツ王への戴冠式


Wien の宮廷画家
Martin van Meytens (1695-1770)
による油彩画

1764 年制作

 

 

 

 

 

 

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