Memorandum 2014 Nr. 5

 

 

 


Über Österreich und Wien

 

 


Kurfürst

 


Teil 11

 

 


選帝侯 (第11回)

 

 

 

 

 

 

 


»Kurfürst Teil 10«
[Archiv / Memorandum 2014 Nr. 4]
より続く

 


Kurfürst とは
神聖 Roma 帝国に於いて 13 世紀以降
Roma ドイツ王を選出する独占的権利を認められた
人数の限定された帝国の有力諸侯団。
この Roma ドイツ王位は
神聖 Roma 帝国皇帝位と密接に結び付いている為に
実質的には神聖 Roma 帝国皇帝が
選帝諸侯団に選出されるという意味になる。

 

 1356 年に神聖 Roma 帝国の最高法規として、皇帝 Karl IV. (1316-1378) によって公布された „Goldene Bulle” (金印勅書) では、広範囲に亘りまた恒常的に、Roma ドイツ王の選出に際しての選帝諸侯の権利と義務が定められた。
既に 1338 年に Rhense で開かれた選帝侯会議に於いて宣言されていた事ではあったが、これによって Roma ドイツ王の選出は正式に、Roma 法王の承諾の必要性から解放され、選出された王に完全な統治権を認めるものとなった。

 またこの Goldene Bulle によって Roma ドイツ王選出の際の多数決の原理が公式に認められ、以前には不可欠とされていた選帝侯の全員一致による選出は不必要とされたが、実際には全員一致によって選出された王と、反対意見を含む多数決によって選出された王の間に格差の違いが生じるのを避ける為に、少数意見の選帝侯の票は保留扱いとされて、最終的には形式上全員一致によって選出されたという見かけを装う操作が行われた。

 これ等の Roma ドイツ王選出に関わる条項以外の点では、毎年の選帝侯全員による集会が定められ、その場では皇帝との評議が行われる事とされた。
選帝侯には免責特権及びその地位の世襲相続が認められた。それ以外にも領地内での貨幣の鋳造権、関税権、制限の無い司法権が認められたが、同時に保護代を支払ったユダヤ人に対する保護の義務が定められた。
また領地間の平和連盟以外の選帝侯のあらゆる同盟関係を禁じ、実際には市域外に居住する者が市民としての権利を有する事も禁じた。

 皇帝は選帝侯の裁判管轄にある問題を自身の裁判権の下に置く事は出来ず、また選帝侯の家臣が最上級の裁判所で下された判決に対して、それを皇帝の裁判所に控訴する事は許されないという、選帝侯に対する特権が認められた。
この特権は後の 16 世紀になって、帝国控訴審や帝国宮廷参議会が創設された後にも守り続けられた。

 選帝侯は 18 歳で成人と見做され、選帝侯に対する攻撃は大逆罪とされた。
選帝侯の Roma ドイツ王選出の投票権が分割されたり、また増設されざるを得ないような状況を回避する為に、選帝侯の所領は分割不可能な領地であると宣言された。その為に世俗選帝侯の場合には、常に婚姻関係によって生まれた最も年長の男子がその後継権を得る事が出来、若し嫡出による男子がいない場合にはそれに次ぐ男系親族がそれに代わると定められた。

 Nürnberg に於ける帝国議会で話し合われて定められたこれ等の内容は、„Nürnberger Gesetzbuch” (Nürnberg 法典) として Goldene Bulle の第 1 部を成し、全 23 章から構成されている。
それに次ぐ Goldene Bulle の第 2 部としての第 24 章から第 31 章迄の部分は „Metzer Gesetzbuch” (Metz 法典) として、1356 年 12 月 25 日に Metz に於いて公布された。
この Metzer Gesetzbuch に於いては特に、儀典、税金の徴収や選帝侯に対する反逆に関わる刑罰等が定められている。

 この 皇帝 Karl IV. による Goldene Bulle の本来の最も重要であった目標は、 Roma ドイツ王選出に関わる争い、及びその際の対立王の擁立を避けるという点にあったが、これは最終的に達成された事になる。

 

 


Goldene Bulle の原文は省略
日本語訳は執筆者による

 

 


この先は次回
»Kurfürst Teil 12«
[Archiv / Memorandum 2014 Nr. 6]
へ続く

 

 


上部の写真:


Bohemia 王 Václav IV. (1361-1419)
の下命により
Praha の宮廷工房に於いて
1400 年頃製作された
Goldene Bulle の写本

第 1 頁


この華麗な細密画の製作者名は分かっていない

 

 

 

 

 

 

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