Musik 2013 Nr. 6

 

 

 


Ludwig van Beethoven

 

 


Klavierkonzerte

 


Teil 7

 

 

 

 

 

 

 


»Klavierkonzerte Teil 6«
[Archiv / Musik 2013 Nr. 5]
より続く

 


Beethoven による
5 曲の Klavierkonzerete の
作曲の経緯
について

 

 Ludwig van Beethoven (1770-1827) が Wien に出た翌年になる 1793 年に作曲に取り組んでいて、彼によって完成された最初の Klavierkonzeret となり、また後に Nr. 2 in B-dur, op. 19 として出版された曲は、既に彼が Wien に出る前の Bonn 時代に作曲が始められ、先ずその最初の稿が同じく Bonn で既に完成されていたのではないかと推測されている。
その後 1793 年にそれに改訂を加えて総譜を書き直し、また同じ時期に書かれたこの曲の独奏声部の Kadenz の為の草稿の断片が残されている事から、その年に Beethoven は記録には残されていない私的な演奏会に於いて、この曲を演奏したに違いないと推定されている。

 しかしその時に一度完成されたこの Konzert は、現在に伝えられているものとは別の終楽章を持っており、この終楽章だけがその後失われてしまった全曲の総譜から切り離されて残り、別の曲 „Rondo für Klavier und Orchester in B-dur” (WoO 6) として現在に伝えられている。
この Rondo の主部は 6/8 拍子の Allegro で、終楽章に相応しい典型的な Rondo 形式で書かれているが、その中間に主部とは対照的な 2/4 拍子で Andante の部分を挟んでいて、一般的な Rondo の形式が拡張されたものとなっている。
この Rondo の中に挟まれた異物のような存在の Andante は、現在の op. 19 の緩徐楽章がこれよりも後になって書かれたもので、この時のそれに先立つ緩徐楽章が伝えられていない事から、この Andante がそれの代わりに書かれたのかも知れないという可能性は否定出来ない。

 その後の 1794 年から翌 1795 年に掛けて、Beethoven は新たに C-dur の Konzert für Klavier und Orchester (op. 15) の作曲を開始し、最初は緩徐楽章、それに続いて終楽章に取り掛かった。
またこれ等に引き続いて先に完成した B-dur の Konzert für Klavier und Orchester (op. 19) の、更なる改訂作業にも取り組んだ。
これ等の作業は 1795 年 3 月に予定されていた、Beethoven にとって Wien に於ける Klavier 奏者としての最初の、公開の演奏会が視野に入っていた事は明らかだと考える事が出来る。

 しかしその年の 3 月 29 日に行われたその演奏会に於いて、Beethoven が自作の Klavierkonzert の演奏をしたという記録は残されているが、この時点で可能性のあるこれ等の 2 曲の内、そのどちらの Konzert が実際に演奏されたかに関しては、今日に於いても明確には分かっていない。

 2 曲共にその演奏会の前に既に演奏可能な状態にはなっていたが、Beethoven の親しい友人の一人、 Franz Gerhard Wegeler (1765-1848) が後に伝えるところによると、この演奏会で演奏された Konzert の最初の Probe は、Beethoven の自宅の一室で行われたという事なので、楽器編成の観点から判断すると、C-dur (op. 15) と比較して Trumpet と Timpani が使われておらず、木管楽器もKlarinette の欠けるより編成の小さい、B-dur (op. 19) の方が可能性としてはより高いと考える事が出来る。

 この演奏会が終わって暫く後の 4 月 22 日に、Beethoven が Leipzig の音楽出版社 Breitkopf & Härtel に宛てた手紙に於いて、彼は以下の様に書いている。

 

 「 [・・・] これに関連してお伝えしたいのは私の最初の Klavierkonzert が、従って最良の作品の一つとは言えないのですが、いずれ Hofmeister [Franz Anton Hoffmeister, 1754-1812] が出版し、実際には後から完成したもう一方の Klavierkonzert を Mollo [Tranquillo Maria Laurentio Mollo, 1767-1837] が出版するだろうという事です。」

 

 実際には Beethoven がここで Breitkopf & Härtel に伝えている様に、Konzert für Klavier und Orchester in B-dur (Nr. 2, op. 19) は Carl Nicklas Edlem von Nickelsberg への献辞を添えて 1801 年に、„Hoffmeister & Kühnel, Bureau de Musique” によって Leipzig に於いて出版された。
また Konzert für Klavier und Orchester in C-dur (Nr. 1, Op. 15) も同年に、Anna Luise Barbara Odescalchi 侯爵夫人 († 1813) に献呈されて、„T. Mollo & Co.” によって Wien に於いて出版されている。
実際の作曲の順序と曲に付された番号の順序が入れ替わっているのは、Mollo による C-dur の Konzert の出版の方が先に進んだ為と考えられている。

 

 


Beethoven
による手紙の原文は省略
日本語訳及び [ ] 内の補注は執筆者による

 

 


この先は次回
»Klavierkonzerte Teil 8«
[Archiv / Musik 2013 Nr. 7]
へ続く

 

 


Franz Gerhard Wegeler
に関しては
[Archiv / Kommentar 2012 Nr. 3]
以降を参照

 

 


上部の写真:


1801 年に Leipzig の
Hoffmeister & Kühnel, Bureau de Musique より
Nr. 2, op. 19 として出版された
Konzert für Klavier und Orchester in B-dur の
初版譜の表紙

 

 

 

 

 

 

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