Musik 2014 Nr. 1

 

 

 


Ludwig van Beethoven

 

 


Klavierkonzerte

 


Teil 10

 

 

 

 

 

 

 


»Klavierkonzerte Teil 9«
[Archiv / Musik 2013 Nr. 8]
より続く

 


Beethoven による
5 曲の Klavierkonzerete の
作曲の経緯
について

 

 1796 年から 1800 年代初頭に掛けて Ludwig van Beethoven (1770-1827) は、Wien に於いて Klavier の教師としても積極的に活動していた。
Beethoven が当時 Klavier 奏法を教えていたのは、Barbara von Keglevich de Buzin 伯爵夫人 (1778-1813、1801 年 2 月 10 日に Innocenzo d`Erba Odescalchi 侯爵と結婚)、Therese Brunsvik (1775-1861) と Josephine Brunsvik (1779-1821) の伯爵夫人の姉妹や、その従妹に当たる Giulietta Guicciardi 伯爵夫人 (1782-1856) 等を始めとする若い貴族の子女達で、後に Konzert für Klavier und Orchester in C-dur (Nr. 1, op. 15) は、その出版の際には既に結婚して Barbara d`Erba Odescalchi 侯爵夫人となっていた、旧姓 Keglevich de Buzin 伯爵夫人に献呈されている。

 1798 年に Beethoven は Praha へ向けて再度演奏旅行に出掛けた。
その時の演奏会で初めて Beethoven の Klavier の演奏を聴き、後に Wien に出掛けて Beethoven を訪ねる事になる、Bohemia の音楽教師で作曲家の Václav Jan Tomášek (1774-1850) の報告によると、この時 Beethoven は Konzert für Klavier und Orchester in B-dur (後に Nr. 2, op. 19 として出版される) を演奏したが、それを Beethoven はその時に Praha で作曲したと伝えている。

 しかしこの曲は 1795 年 3 月 29 日の、Wien に於ける Beethoven にとって初めての公開の演奏会で既に演奏されたと推定されており、また Conservatoire de Paris の図書館に所蔵されている、恐らく 1794 年に書かれたと見る事の出来る Beethoven の手稿譜には、後に使用される事の無かった C-dur の器楽作品のスケッチや、8 度の対位法作品と並んで、この B-dur の Konzert の第 1 楽章の総譜の断片も含まれている事から、この Konzert の総譜化には既に 1794 年の段階で着手されており、一度完成されてから今回の 1798 年の演奏の折に、Praha に於いて改作されたと考える事が出来る。

 この事は更に 1798 年に書かれたと推測出来るこの曲のスケッチに 「… soll so bleiben, wie es war」 (当初そうであったようにそのままで) とか 「von hier an soll alles so bleiben, wie es war」 (ここからは全て当初のままに) という注意書きを Beethoven が書いている事からも確認される。
この時に改訂された版が現在 Konzert für Klavier und Orchester in B-dur (Nr. 2, op. 19) の最終稿として一般に知られているもので、 Carl Nicklas Edlem von Nickelsberg に献呈され、1801 年に Leipzig に於いて Hoffmeister & Kühnel, Bureau de Musique によって出版された。

 また同じく Tomášek の報告によれば、この時 Beethoven は Praha の神学校の Hall に於いて、Sonate für Klavier, op. 2 から Adagio と Rondo 楽章、及び Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791) による Dramma serio „La clemenza di Tito”, KV 621 の、第 1 幕中の Duetto „Ah tu fosti il primo oggetto” (ああ あなたは私の初めての人でした) の主題に基づいた Klavier による即興演奏と並んで、Konzert für Klavier und Orchester in C-dur も演奏している。

 この Tomášek による報告はこの Konzert が演奏されたと明確に記録された最初のもので、遅くともこの時迄には C-dur の Klavierkonzert が完成されていたという事が立証出来る。
Beethoven 自身 B-dur の Konzert の方が先に書かれたと伝えているので、その実際の作曲の順序は既に明らかだが、 C-dur の Konzert の為の現在に残されているスケッチが、B-dur の Konzert の Kadenz のスケッチと同じ時期に書かれているので、B-dur の方が完成した後に C-dur に着手した事がここからも推定する事が出来る。
この Konzert は前述の様に Beethoven が教えていた Klavier の生徒の一人、Barbara d`Erba Odescalchi 侯爵夫人に献呈され、1801 年に Wien に於いて T. Mollo & Co. によって、Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 in C-dur, op. 15 として出版された。

 この Konzert の第 1 楽章の為に Beethoven は 3 種類の Kadenz を残しているが、Konzert 自体で使用されている Klavier の音域が、作曲された時代の一般的な音域の f’’’ 迄であるのに対して、第 1 作の Kadenz ではその音域が as’’’ まで、第 2 作目の Kadenz では a’’’、第 3 作目のものでは C’’’’ にまで拡大されているので、それぞれの Kadenz は Konzert 本体よりも遅れて後の時代に作曲されたと推測する事が出来る。

 

 


Beethoven による Memo
及び
Václav Jan Tomášek による
報告の原文は省略
日本語訳は執筆者による

 

 


この先は次回
»Klavierkonzerte Teil 11«
[Archiv / Musik 2014 Nr. 2]
へ続く

 

 


上部の写真:


Beethoven が 1798 年に
Praha に於いて
Konzert für Klavier und Orchester in C-dur
を演奏した神学校があった
Malá Strana 地区の
Karlův 橋側の入口

 

 

 

 

 

 

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