Musik 2017 Nr. 1

 

 

 


Ludwig van Beethoven

 

 


Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92

 


Teil 11

 

 


交響曲 第 7 番 (第11回)

 

 

 

 

 

 

 


»Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92 Teil 10«
[Archiv / Musik 2016 Nr. 8]
より続く

 

 Ludwig van Beethoven (1770-1827) と同郷の出身で、当時 London に於いて音楽興行の活動を行っていた Johann Peter Salomon (1745-1815/11/25) が、Beethoven の新作品の London での出版の為に、当地での音楽出版業者との仲介を依頼されたが、Salomon がそれを引き受けて実際に接触をした、同じく London で音楽出版業や楽器の販売もしていた Robert Birchall (ca. 1750-1819) は、Beethoven により提示された合計 8 作品の内、„Wellingtons Sieg oder Die Schlacht bei Vittoria” (op. 91) と、Symphonie in A-dur (Nr. 7, op. 92) のそれぞれ Klavier 用編曲版、更に Sonate für Violine und Klavier in G-dur (Nr. 10, op. 96) と、Trio für Klavier, Violine und Violoncello in B-dur (op. 97 „Erzherzog”) の、合計 4 作品の英国に於ける出版権を買う取引が成立し、 Birchall はこれ等 4 曲の代金として 130 Holland-Dukaten を Beethoven に支払った。

 Beethoven の数少ない生徒の一人で、1813 年から London に移り住んでいた Ferdinand Ries (1784-1838) は、Robert Birchall に送られたこれ等の楽譜の全てに、改めて目を通してそれを校正する作業を引き受けたが、それに対して Beethoven は 1816 年 1 月 20 日に感謝の手紙を送った。

 その手紙の中で Beethoven は、Birchall がこれ等の曲を気に入ってくれた事を喜び、また Symphonie in A-dur の Klavier 用編曲版は、Russia 帝国皇妃 Elisabeth Alexejewna (Baden 大公女 Luise Marie Auguste, 1779-1826) に献呈される事、また Klavier 用編曲版は同曲の Wien での出版権を得た Sigmund Anton Steiner (1773-1838) によるその出版が、その年の 6 月以前には無理そうなので、London に於ける出版もそれ以降にして貰いたいという事を指示している。

 この Beethoven からの手紙を受け取った Ries は、早速これ等の内容を Birchall の助手をしていた Christopher Lonsdale に伝えているが、その後に Birchall が実際に London で出版した楽譜には、„Dedicated to Her Majesty The Empress of Russia” という不特定の献辞しか書かれていなかった。
またこの曲の Wien に於ける S. A. Steiner und Comp. による出版は、Beethoven の予想よりも更に遅れる事になる。

 

 同年 1 月に Beethoven は以下の様な手紙を Sigmund Anton Steiner に送っている。

 


親愛なる Steiner
理由は既にあなたに言った通り
Oper [の楽譜] が必要なのですぐに私に送って頂きたい。
Sinfonie [Symphonie in A-dur] の各声部譜を
あなたは今にも手に入れる事が出来ますよ。
ただそれは契約に従ってでは無く親切から行うのです。
[・・・]

 


 この手紙で 「Oper」 と書かれているのは、Steiner が前年に出版権を得た „Fidelio” (op. 72) の事で、Beethoven はその総譜を既に Steiner に渡していたが、今回その弦楽四重奏用編曲版の校訂作業をするのに当たって、今一度それを参照する事を必要としていた。

 また、Symphonie の各声部譜を契約に従ってでは無く親切から Steiner に与えるというのは、Fidelio と同時に Steiner は Symphonie in A-dur の出版権も取得していたが、それは総譜のみで彼との契約に各声部譜は含まれていなかった。
しかし Steiner がその各声部譜を出版する為の版下の制作及びその校訂作業の為に、Beethoven が 1813 年 12 月 8 日に行ったこの Symphonie の初演の際に使用され、実際に Beethoven が目を通して校閲したその声部譜を必要としていたという経緯があり、Beethoven は自作品のより正確な楽譜の出版の為には、報酬を得ていない声部譜を好意から無償で提供するという事を意味している。

 Beethoven はこの手紙を書いたそのすぐ後に、そこで約束した通り Steiner にこれ等の声部譜を送っている。
この Symphonie in A-dur の声部譜が実際に出版される迄には更にその後時間が掛かり、漸くその年の 11 月になって Wien の S. A. Steiner und Comp. から出版される運びとなった。

 

 


Ludwig van Beethoven
による手紙の原文は省略
日本語訳及び [ ] 内の補注は執筆者による

 

 


この先は次回
»Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92 Teil 12«
[Archiv / Musik 2017 Nr. 2]
へ続く

 

 


上部の写真:


1816 年に
Wien の S. A. Steiner & Comp.
より出版された
Symphonie in A-durの
総譜の表紙

 

 

 

 

 

 

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