Musik 2017 Nr. 3

 

 

 


Ludwig van Beethoven

 

 


Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92

 


Teil 13

 

 

 

 

 

 

 


»Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92 Teil 12«
[Archiv / Musik 2017 Nr. 2]
より続く

 

 Philharmonic Society の為に Ouvertüre zu „Die Ruinen von Athen” (op. 113) と、Ouvertüre Zur Namensfeier in C-dur (op. 115) 、及び Ouvertüre zu „König Stephan” (op. 117) の 3 曲を購入し、またその他に英国に於ける出版や演奏の機会を捜すという目的の為に、更に 7 つの作品の筆写譜を託されて Wien を去った Charles Neate (1784-1877) が、無事に London に帰り着いたという知らせを受けて、Ludwig van Beethoven (1770-1827) は 1816 年 5 月 18 日に、彼に宛ててその帰国を喜ぶと同時に、Neate に筆写譜を託した 7 曲について、具体的にその演奏や出版に関する希望を改めて伝える手紙を書いている。
特に Quartett für Streicher in f-moll (op. 95, „Serioso”) については、Wien での出版と時期を合わせたいので、速やかに London の出版社への売却交渉を進めて、その結果を連絡をして貰いたいという事を伝えたが、その後 Beethoven が待っていた Neate からの返信は何箇月経っても届かなかった。

 その事を大変不満に思っていた Beethoven はその年の 10 月 1 日に、Symphonie in A-dur と „Wellingtons Sieg oder Die Schlacht bei Vittoria” (op. 91) のそれぞれ Klavier 用編曲版、更に Sonate für Violine und Klavier in G-dur (Nr. 10, op. 96)、及び Trio für Klavier, Violine und Violoncello in B-dur (op. 97, „Erzherzog”) の、計 4 作品の英国に於ける出版権をその前年に購入した Robert Birchall (ca. 1750-1819) に宛てた手紙の中で、彼からのそれ等の曲の楽譜出版に関する質問に答えて、Symphonie in A-dur の Klavier 用編曲版は Russia 帝国皇帝 Alexander I. (1777-1825) の皇妃 Elisabeth Alexejewna (Baden 大公女 Luise Marie Auguste, 1779-1826) に献呈される事を伝え、その序にいつ迄待っても London から連絡を送って来ない Neate と、また同時に 1814 年に上記 op. 91 の総譜の筆写譜を送付したが、その後その曲の献呈を受け入れて貰えるのかどうかの返事が何箇月待っても届かないという事のあった、当時英国摂政で後の 1820 年に Georg IV. として国王に即位する事になる、George Augustus Frederick (1762-1830) の 2 人の英国人に対する不快感と、その種の 2 人の人間に出会った事が大変不幸であったという事を書き表している。

 その凡そ 1 週間後の 10 月 7 日に Beethoven は、前年の 3 月に Symphonie in A-dur (op. 92) や Neate がその後に購入した 3 曲の Ouvertüre を含む、Klavier 用編曲版も合わせると計 15 曲に及ぶ作品の、London に於ける出版交渉の仲介を依頼した事のある George Smart (1776-1867) に手紙を書いている。
その手紙の中で Beethoven は、Neate が Philharmonic Society の為に Wien で選曲して買って帰った 3 曲の Ouvertüre の、その演奏会での評判が芳しく無かったが為に、不幸にも London に於ける自身の音楽家としての名声が一挙に無に帰してしまったと嘆いている。
そしてこれ等 3 曲の Ouvertüre の所有権 [英国に於ける出版権] が、Philharmonic Society に属するという公的書類 [1816 年 2 月 5 日付] も Neate の求めに応じて渡しているのに、これ等 3 曲以外の彼に筆写譜を託した曲に関しては全く何も、それどころか単なる挨拶やお礼、儀礼的な手紙でさえ送って来ないという事を訴えている。
それに続いて Neate に筆写譜を手渡した作品の目録を挙げて、以下の様な事を書いている。

 


[・・・]
これ等の曲を
London に於いて私の利益を目的とした演奏会で演奏する為に采配する権限も含めて
彼を信頼して [筆写譜を] 手渡しましたが
その実際の所有権は常に私にあります。
そこで私は Neate に託した計 7 曲の楽譜を受け取る権限をあなたに与え
Neate も彼自身の名誉の為に
それ等をあなたの元に届けるのに異議を唱えはしないだろうと望んでいます。


その後の私の展望としては
あなたが先ずそれ等の中から何曲かを選び出し
私の利益の為の演奏会を開催します。
その後に 1 回か 2 回
あなた自身の為にそれ等の曲目による演奏会を更に開くというのは
自由にしてください。
何れにしてもそれ等の演奏会の成功を私は望んでいます。


そして最後にはそれ等の曲の中から
少なくとも容易に購入者を見つけられそうな曲を売ってください。
それについては
私以上には決して多く得ないと Häring さんが繰り返し私に請け合っていた様に
あなたの名誉心と芸術に対する愛情に全てを委ねます。


私の事を非常に不適切に ━ とても卑劣に ━ 取り扱った 2 人の英国人は
偉大なあなた方民族の一般的な性格の中に於いては
極めて稀な例外なのだと
少なくとも私は [Wien に於いて] 説得をし続けています。
その 2 人というのは摂政殿下と Neate 氏です。
もう彼等の話は十分でしょう
[・・・]

 

 


Ludwig van Beethoven
による手紙の原文は省略
日本語訳及び [ ] 内の補注は執筆者による

 

 


この先は次回
»Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92 Teil 14«
[Archiv / Musik 2017 Nr. 4]
へ続く

 

 


上部の写真:


Robert Birchall が
英国及び Ireland 内に於ける出版権を購入した
„Wellingtons Sieg oder Die Schlacht bei Vittoria” (op. 91) の Klavier 用編曲版
Symphonie in A-dur, op. 92 (Nr. 7) の Klavier 用編曲版
Trio für Klavier, Violine und Violoncello in B-dur, op. 97 „Erzherzog”
Sonate für Violine und Klavier in G-dur, Nr. 10, op. 96
の合計 4 作品に対して支払った
130 Holland-Dukaten の領収書
及び
Incipit 付き権利証明書


Beethoven による自筆署名付き
1816 年 3 月 9 日付


この書類に於いては
Symphonie in A-dur の作品番号が
Beethoven の錯誤により
98 と記載されている

 

 

 

 

 

 

Bemerkungen sind geschlossen.