Musik 2017 Nr. 5

 

 

 


Ludwig van Beethoven

 

 


Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92

 


Teil 15

 

 

 

 

 

 

 


»Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92 Teil 14«
[Archiv / Musik 2017 Nr. 4]
より続く

 

 Symphonie in A-dur の初版譜は 1816 年 11 月初頭に、その出版権を入手した Sigmund Anton Steiner (1773-1838) によって Wien に於いて出版される。
しかしその初版譜では総譜、各声部譜共に製版に数多くの間違いがあり、それを入手した Ludwig van Beethoven (1770-1827) は早速 Steiner に宛ててそれに関する手紙を書いている。

 その手紙を Beethoven は先ず、間違いだらけの楽譜が出版されたという災いに見舞われて、この Symphonie に関しては全くうんざりする。既に刷り上がった分については墨で修正して貰わなければならない。一体 Schlemmer は何をしていたのか、という苦情から書き始める。
ここで Beethoven が書いている Schlemmer というのは、当時 Wien で活動していた写譜士の一人で、この時の製版に携わっていた様だが、この Symphonie がこれに先立つ 1813 年 12 月に Wien に於いて初演された際に、その初演の為の各声部譜の制作を行った写譜士の一人であったので、特に Beethoven は名指しで彼に対する不満をこの手紙で表明している。

 そしてこの今回の印刷譜の全ての間違いの正誤表を作成印刷して、広く頒布して貰わなければならないと Steiner に求めている。
全く未熟な写譜士達が総譜を今回印刷された様に書いてしまったのであり、こんなに間違いだらけで不完全な楽譜は、今迄印刷されてこういう風にして自分の前に現れた事は無かった。これは一旦出来たものを修正をする事を欲しないという態度の結果であり、また事前に自分に見せるか或いはそれを催促するという事をしなかったからこんな事になってしまった、と苦情は更に続く。
そして [間違いの修正を書き加えた] 楽譜を送るので、それに基づいて印刷し直した楽譜を、それが正しく修正されたかどうかを自分が調べる事が出来る様に、出来るだけ早く届けて貰いたいと書き送っている。
この時に Beethoven が修正を書き加えて Steiner に返送した楽譜は、現在失われていて発見されていない。

 この Symphonie in A-dur の 初版譜修正に関する Beethoven と Steiner のやり取りは、この手紙だけでは終わらず更に続く。
同月に書かれた Steiner 宛ての 2 通目の手紙で Beethoven は、もう一度初版譜の総譜と声部譜の正誤表の印刷を求め、それが出来上がればすぐに総譜と各声部譜の校合を行うので、それが完了した後にはその正誤表を世界中に送られなければならない。こんな事をしなければならないというのは悲しい事ではあるけれども、文学の世界ではしばしばある事で、それと何ら変わる所は無いと書き送っている。

 更に同じく同月の 3 通目の手紙では Steiner に対して、あなたは以前はもっとましな人材を抱えていたのに、今回の製版士は全く音楽性が無い。それは見ればすぐにわかる、と再び明らかな苦情から書き始める。
そして最初の手紙を書いた時に、Beethoven が修正を書き加えて Steiner に返送した楽譜に基づいた、正誤表の作製とその印刷を最初の手紙の時と同様に相変わらず求めている。
但しその時に Beethoven が修正を加えて返送した楽譜に基づいて、Steiner によって修正、印刷された楽譜は Beethoven の許に届いている様で、今回はそれに更に修正を加えたものを送るので、もう一度その結果修正された楽譜を返送して貰いたいと頼み、願わくばこれが最後の修正になるようにと書いている。
一方修正された各声部譜については、Beethoven はそれを未だ受け取っていないので、間も無くそれ等を見る事が出来るように願っていますと書き送っている。

 同年 11 月 8 日には London から、Symphonie in A-dur の Klavier 用編曲版と、その他の Beethoven による計 4 作品の英国に於ける出版権を購入した Robert Birchall (ca. 1750-1819) に代わって、その助手をしていた Christopher Lonsdale が Beethoven に手紙を送っている。
その手紙の主な要件は、Robert Birchall がそれ等の作品の購入に当たって支払った 130 Dukaten に対する、Beethoven による領収書の送付を求めるものであったが、その手紙の中で、Symphonie in A-dur の Klavier 用編曲版は、当時 London に移り住んでいた Beethoven の嘗ての生徒、Ferdinand Ries (1784-1838) が現在校閲作業をしており、後 1 週間もすれば出版出来る状態にあるが、London での出版の日程を Beethoven が知らせて来る迄は、それを差し控えたいという内容が書かれていた。

 ここで Lonsdale が書いている様に Beethoven は嘗て、Symphonie in A-dur の Wien に於ける Steiner による総譜及び声部譜の出版と、London に於ける Klavier 用編曲譜の出版の日程を同時期にしたいと考えており、London での出版日程を後に自分が指定する時期にする様に求めていた。
しかし実際には Beethoven がこの Lonsdale による手紙を受け取った 11 月には上記の様に、既に Wien に於いて総譜と声部譜は Steiner によってその初版譜が出版されていた。
その後漸く Beethoven が London に於ける Klavier 用編曲譜の出版を認めたのは、同年 12 月 14 日になってからであった。

 

 


Ludwig van Beethoven
による手紙の原文は省略
日本語訳及び [ ] 内の補注は執筆者による

 

 


この先は次回
»Symphonie Nr. 7 in A-dur, op. 92 Teil 16«
[Archiv / Musik 2017 Nr. 6]
へ続く

 

 


上部の写真:


1816 年 11 月 に
Sigmund Anton Steiner によって
Wien に於いて出版された
Symphonie in A-dur の
総譜初版譜の表紙

 

 

 

 

 

 

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