Musik 2018 Nr. 1

 

 

 


Ludwig van Beethoven

 

 


Symphonie Nr. 8 in F-dur, op. 93

 


Teil 2

 

 

 

 

 

 

 


»Symphonie Nr. 8 in F-dur, op. 93 Teil 1«
[Archiv / Musik 2017 Nr. 8]
より続く

 

 Ludwig van Beethoven (1770-1827) が 8 作目の Symphonie in F-dur の作曲に使用した Petter スケッチ帳は、現在に迄それが伝わっている状態に、その嘗ての所有者であった Gustav Adolf Petter (1818-1868) によって新たに製本し直されたものだが、Beethoven がそれを実際に使用していた時に既に一度製本されている。
その時の製本の仕方は、後に Petter が行った様に中綴じによって全体を纏めているのでは無く、各用紙の縁から凡そ 1 cm の箇所に 16.5 cm の間隔で 2 つの穴を開け、そこに綴じ糸を通して一冊に纏めるという簡易な方法であった。

 Beethoven が亡くなって以降 Petter がこのスケッチ帳を入手して製本し直す迄の間に、このスケッチ帳に元々属していた楽譜の何枚かが抜き取られて、一枚ずつ収集家等に贈答されたか、或いは売却されて散逸している。
しかしその後次第にその一時散逸してしまった楽譜で、元はこの Petter スケッチ帳に含まれていたのではないかと考えられる楽譜が発見されて来た。
その際に実際にその紙葉が、元は Petter スケッチ帳に属するものであったのかどうかを判断する大変重要な手掛かりとなったのが、Beethoven の時代の製本の仕方であった。

 その紙葉に開いている穴の位置と間隔から、その楽譜の Petter スケッチ帳への所属が判断出来るばかりでは無く、その穴の寸法と間隔や、またそこに付いているインクの染み等から、スケッチ帳の中のどの位置にあったのかも判断する事が出来る。
Petter が製本した後現在に迄伝わっているスケッチ帳は 74 枚の楽譜から成っているが、本来は恐らく 96 葉から成っており、その内の 22 枚が欠けて散逸しているのではないかと推測されている。
現在ではその散逸した楽譜の内の 9 枚が発見されて集められており、凡そのスケッチ帳全体の姿を再現する事が出来る様になっている。

 Beethoven による Petter スケッチ帳への書き込みは、最初から時系列順に行われており、Symphonie in F-dur (Nr. 8, op. 93) のスケッチは、Symphonie in A-dur (Nr. 7, op. 92) の為の最後の書き込みに引き続いて、スケッチ帳の 35 枚目から開始されているので、Beethoven によるこの両方の Symphonie の作曲が連続して行われた事をこのスケッチ帳は示している。

 しかし Petter スケッチ帳から分かる Beethoven の創作の過程は、この Symphonie in F-dur が最初から Symphonie として構想されていた訳では無い事を示している。
スケッチ帳の 37 枚目には、後に完成された状態の Symphonie の第 1 楽章の第 1 主題が書かれており、初期のかなり早い段階で既にこの主題が出来上がっていた事が示されているが、それが Fermata で一旦終始すると、その後に Klavier の為のものと判断出来る Kadenz が続いて書かれている。

 それより少し後の紙葉では、2 種類の Orchester による提示部のスケッチが書かれており、両方共それが終わった箇所に „Solo” と書かれているので、そこから独奏 Klavier の声部が始まる構成であった事が分かる。
またそれに続く部分でも „solo” と „tutti” という言葉をしばしば書いている事からも、Konzert の作曲を当初は考えていた事が明らかに推定される。

 更にそれに続く部分ではこれ等とはまた別の、Klavierkonzert の為のスケッチが書かれた後、„Polonaise allein für Klavier” (独奏 Klavier の為の Polonaise) が現れ、それに続いてこの曲を基にした、独奏 Klavier と Orchester の為の Polonaise 版への編曲の作業が書かれている。

 その後 45 枚目の楽譜が始まる箇所の欄外に „3te Sinf” (3 番目の Symphonie) という書き込みがあり、それ以降は全ての部分に於いて Symphonie in F-dur の為の作業を行っている。

 これ等の事柄から、Beethoven が Symphonie in A-dur (Nr. 7) の実質的な作曲を 1812 年 4 月に終えた段階で、彼の頭の中にあった構想は、この A-dur に引き続く次の Symphonie の作曲では無く、Klavier と Orchester の為の Konzert か、或いは同種のその他の作品であったが、それ等の試行錯誤を暫く重ねた後に Konzert としての作曲は諦め、それ迄に練った主題や Motiv を用いて Symphonie として纏める事を決心し、最終的には Symphonie in F-dur として完成するに至ったという事を理解する事が出来る。

 

 


この先は次回
»Symphonie Nr. 8 in F-dur, op. 93 Teil 3«
[Archiv / Musik 2018 Nr.2]
へ続く

 

 


このページ上部の写真:


Symphonie としての構想が決まる以前に
Klavierkonzert として試行している部分

Beethoven による自筆草稿


Petter スケッチ帳より

 

 

 

 

 

 

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