Musik 2018 Nr. 5

 

 

 


Ludwig van Beethoven

 

 


Symphonie Nr. 8 in F-dur, op. 93

 


Teil 6

 

 

 

 

 

 

 


»Symphonie Nr. 8 in F-dur, op. 93 Teil 5«
[Archiv / Musik 2018 Nr. 4]
より続く

 

 Ludwig van Beethoven (1770-1827) が 1812 年の夏の休暇の季節に訪れた、Bohemia 王国の北西端に近い Teplitz (Teplice) に於いて書いたという事が詳細な研究の結果明らかになった手紙は、Beethoven が手紙の最後に当たる第 3 部の冒頭で、その手紙を宛てた人物に対して „Unsterbliche Geliebte” (不滅の、永遠の恋人) と呼び掛けている事から、「不滅の恋人への手紙」 という通称で呼ばれて来た。

 その手紙を宛てた Beethoven の恋人とは一体誰であったのかというのが、その手紙が公表されて以来の大きな関心事となって来たが、Beethoven によって記載されていなかった差出地や年号が後になって明らかにされたのとは違って、現在に於いてもその手紙を宛てた人物やその宛先の住所に関しては、疑い無く確定される迄には至っていない。
しかし Beethoven によってその手紙に書かれている内容から、以下の様な手掛かりとなる幾つかの点を挙げる事が出来る。

1.1812 年 7 月 5 日の朝 4 時に、ひどい天候の中漸く馬車で今回の休暇の目的地に到着した Beethoven は、翌 6 日月曜日の晩になって初めて、そこから „K” へ向けた郵便馬車は月曜日と木曜日の 2 回だけ、それも早朝に出るという事を知り、その恋人が土曜日の晩にならないと Beethoven がその時に書いている手紙を受け取る事が出来ないという事を悲しんでいる。
この時の Beethoven の滞在地は、手紙が書かれた年号が解明されたのと同時に、Bohemia 王国の温泉保養地の Teplitz であったというのが分かった事から、ここで Beethoven が „K” と書いているのが、Teplitz から南西に凡そ 90 km 程離れた所の Karlsbad (Karlovy Vary) であった事が明らかとなった。
但しその当時の Teplitz から Karlsbad 迄の郵便馬車の行程は 1 日であったので、Beethoven が木曜日に発送するつもりで書いている手紙が届くのがその 2 日後の土曜日だと書いている事から、この手紙の実際の宛先は Karlbad では無く、そこから馬車で更に 1 日の行程に当たる場所にその恋人が居たという事が分かる。
その候補地としては、Karlsbad から南西に凡そ 40 km の所に位置する近隣の比較的大きな町の Eger (Cheb) か、或いは更にそこから北に 5 km 程離れた所にある温泉保養地の Franzensbad (Františkovy Lázně) を挙げる事が出来る。

2.この手紙を宛てた人物を Beethoven は或る程度の短くは無い期間に亘って愛し続けており、この手紙に於いては終始一貫して自分をその女性の 「恋人」 と言っている事から、その女性も Beethoven の愛情に対して答えている。

3.この女性はこの手紙に先立つある程度の期間 Wien に於いて暮らしている。

4.2 人は愛し合ってはいるが、Beethoven が強く望んでいる様に一緒に暮らすという事は、何らかの障害があり叶っていない。

5.Beethovenは、その恋人の腕の中に戻って自分が恋人の下ですっかり故郷にいると感じる事が出来る迄、暫くの間 Wien を離れて漂浪する為に遠くへ行こうと決心した事を伝えている。
この時期 Beethoven は実際に England に行く計画を立てていたが、恋人にはその帰りを Wien で待っていて貰いたいという気持ちである事が分かる。

6.Beethoven がその恋人に対して常に忠実であるという事を明らかにし乍ら、その恋人にも同じ事を求めている。また自分から隠れる事は決してしないで貰いたいと望んでいる事から、以前にそういう事が実際にあったという事が仄めかされている。

7.7 月 7 日の朝に書かれた、この手紙の最後に当たる第 3 部の終わり近くになって Beethoven は、Teplitz から Karlsbad へ向けた郵便馬車が月曜日と木曜日の週に 2 回だけでは無く、毎日出ている事を今しがた知り、恋人が一日でも早くこの手紙を受け取る事が出来る様に、手紙をここで締め括らなければならないと書いている。
これは通常の季節には週に 2 便だけであった Karlsbad への郵便馬車が、人々の集中する夏の休暇の期間に限って、既に毎日の運航に増便されていた事を Beethoven が遅れて知ったという事を示している。

8.手紙の第 1 部に於いて Beethoven は、2 人が間も無く会えるだろうと書いているが、この手紙がその後 Beethoven の亡くなった時点で彼の手元に残されていたという事は、上記 7 項目目の内容からも、これを Beethoven が実際には発送しなかったという事は非常に考え難いので、恐らく宛先の住所が正しくなかったか、或いはその住所地からその人物が既に移動していたか、何れにしても配達不能により Beethoven の元に返送されて来たという可能性を十分に考える事が出来る。
そうだとすると Beethoven はその恋人のその時期の正確な所在を詳しく知らなかった事になり、彼が望んでいた間も無くの両者の再会も実現したかどうか危ぶまれて来る。

 

 


Ludwig van Beethoven
による手紙の原文は省略
日本語訳は執筆者による

 

 


この先は次回
»Symphonie Nr. 8 in F-dur, op. 93 Teil 7«
[Archiv / Musik 2018 Nr. 6]
へ続く

 

 


上部の写真:


Teplitz の
Pension „Zur goldenen Sonne”


Beethoven が 7 月 5 日の早朝に Teplitz に到着してから
長期滞在先が決まる迄の
2 泊 3 日間を過ごした宿

7 月 6 日の朝と晩、及び翌 7 日の朝に
ここで
„Unsterbliche Geliebte”
に宛てた手紙を書く

 

 

 

 

 

 

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