Kommentar

 

 

 


Ludwig van Beethoven


und


seine Zeit

 

 


Antonio Salieri

 


Teil 43

 

 

 

 

 

 

 


»Antonio Salieri Teil 42«
[Archiv / Kommentar 2022 Nr. 6]
より続く

 


Wolfgang Amadeus Mozart や
Ludwig van Beethoven が
Wien で活動していた時代の
作曲家で
Wien の宮廷楽長
Antonio Salieri
について

 

 Antonio Salieri (1750-1825) は、1784 年 4 月 26 日に Opéra de Paris に於いて初演が行われて大変大きな成功を収めた、5 幕の Tragédie lyrique „Les Danaïdes” の独語版への改作を 1807 年になって行っているが、それを除外すると、Ludwig van Beethoven (1770-1827) による 3 幕の Oper „Fidelio oder Die eheliche Liebe” („Fidelio” 第 1 稿、後に „Leonore” と改称) の台本作者となる、Joseph Ferdinand Sonnleithner (1766-1835) が台本を担当し、1804 年 11 月 10 日に Theater an der Wien に於いて初演が行われた、2 幕の Singspiel „Die Neger” (黒人) が、Antonio Salieri (1750-1825) による完成された最後の舞台作品となった。

 初演から 20 年以上の年月が経過した後の „Les Danaïdes” の改作ではあったが、異例の好評を博したこの作品は、1784 年の初演以来 1827 年に至る迄の間に、Opéra de Paris に於いて 127 回上演演目に採り上げられており、初演の直後から独語やその他の言語に翻訳されて、Europe 各地の諸都市に於いても上演される様になっていた。

 „Les Danaïdes” は Ludwig van Beethoven を始めとして、Gaspare Spontini (1774-1851)、Franz Liszt (1811-1886)、Richard Wagner (1813-1883) や Charles François Gounod (1818-1893) 等数多くの作曲家達や、Honoré de Balzac (1799-1850)、Victor Hugo (1802-1885) 等の作家達からも称賛を与えられる作品であった。

 又父親を継いで医師となる為に 1821 年に Paris に出て医科大学に入学していた Hector Berlioz (1803-1869) は、その翌年に Christoph Willibald Gluck (1714-1787) による 4 幕の Tragédie „Iphigénie en Tauride” と並んで、„Les Danaïdes” の公演を観て大きな感銘を受けた事が、医学の勉強を止めて音楽家になる決心をした大きな契機の 1 つになっていた。

 Salaieri が 1807 年になって „Les Danaïdes” の独語版改作に取り組んだのは、Beethovenの重要な後援者の 1 人であった、Franz Joseph Maximilian von Lobkowitz 侯爵 (1772-1816) の希望によるのでは無いかと推測されている。
Austria の台本作家及び風刺作家で、1803 年 4 月 5 日に Theater an der Wien に於いて初演の行われた、Ludwig van Beethoven による Oratorium „Christus am Ölberge” (Olives 山の救世主) の台本作家であった Franz Xaver Huber (1755-1814) が、François-Louis Gand Le Bland Du Roullet (1716-1786) と Jean-Baptiste-Louis-Théodore de Tschudi (1734-1784) の共作による仏語の台本の改作を行った。

 Salieri はその台本に基づいて数曲の Arie と Ensemble を新たに作曲し、全体は „Danaus” という標題の下に、4 幕の独語による Oper として改作が完成された。
その後の記録が発見されていないので、この作品の全曲の上演が実際に行われたかどうかについては明らかになっていないが、1816 年 1 月 7 日に行われた Wien 楽友協会の演奏会に於いて、第 3 幕で Egyptus の 50 人の息子達と Danaus の 50 人の娘達の結婚を祝う合唱曲 „Hinab im Schoß der Amphitrite“ と、同じく „Die Liebe folgt dem Bacchus im Geleite“ が演奏会形式で演奏されたという記録が残されている。

 更に 1817 年に Opéra de Paris に於いて行われた „Les Danaïdes” の再演の際に Salieri は、幾つかの曲を書き直し、新たに Paris では大変好まれていた Ballet の為の曲を何曲か作曲した。
1814 年から Paris の宮廷作曲家の地位にあり、この時の公演の指揮を行った作曲家の Gaspare Spontini (1774-1851) は、これに加えて更に Ballet の挿入曲として、規模の大きな Bacchanal を書いて上演している。

 

 


この先は次回
»Antonio Salieri Teil 44«
[Archiv / Kommentar 2022 Nr. 8]
へ続く

 

 


上部の写真:

Danaïdes


John Singer Sargent (1856-1925)

1922-1925

 

 

 

 

 

 

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