Kommentar 2021 Nr. 1
Ludwig van Beethoven
und
seine Zeit
Antonio Salieri
Teil 29
»Antonio Salieri Teil 28«
[Archiv / Kommentar 2020 Nr. 8]
より続く
Wolfgang Amadeus Mozart や
Ludwig van Beethoven が
Wien で活動していた時代の
作曲家で
Wien の宮廷楽長
Antonio Salieri
について
1790 年 10 月に新たに即位した皇帝 Leopold II. (1747-1792) に対して、Antonio Salieri (1750-1825) が願い出た帝室宮廷楽長職からの解任は叶わなかったが、重責であった宮廷劇場の管理からは解放される事となったその頃から、彼と Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791) との間に、友人としての関係が結ばれていた事を示す記録が残されている。
1791 年 9 月 6 日に Bohemia 王国の首都 Praha に於いて行われた、Leopold II. の Bohemia 国王への戴冠式の際の、祝祭 Oper として Mozart が委嘱を受けて作曲された、2 幕の Dramma serio „La clemenza di Tito” (Titus の慈悲, KV 621) の初演を、同日 Praha の Nationaltheater に於いて終えると、Mozart は早速それと並行する様にして制作していた、2 幕の Singspiel „Die Zauberflöte” (魔笛, KV 620) を完成させる作業に取り掛かり、同月 30 日に Wien の Theater auf der Wieden に於いて初演が行われる。
この Singspiel はその初演から大きな成功を収め、それを詳細に伝える Mozart 自身による手紙も残されているが、初演の行われた翌月の 10 月だけで 20 回の公演が行われ、更に翌年 11 月迄に 83 回、1801 年 5 月に行われた同劇場に於ける最後となる上演迄の間に、合計 223 回の公演が行われている。その後 Theater auf der Wieden はその翌月の 6 月 12 日の公演を最後に閉鎖される事となった。
この „Die Zauberflöte” は、その後初演から丁度 1 年後の 1792 年 9 月に、Wien 外では初めて Praha に於いて上演されたのを始めとして、Europe 各地へとその公演は速やかに広がって行った。
Sachsen-Weimar-Eisenach 公国の首都 Weimar の宮廷劇場に於いては、1794 年 1 月 16 日に、Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832) の演出による公演の初演が行われている。
Mozart は Wien に於ける初演から 2 週間程経った 1791 年 10 月 13 日に、Salieri と Soprano 歌手の Catarina Cavalieri (1755-1801) を „Die Zauberflöte” の公演に招待している。
この時代を代表する最も有名な歌手の 1 人であった Wien 生まれの Catarina Cavalieri は、Salieri の下で音楽の基礎教育を受け、1775 年に歌手として début した後間も無く Wien の宮廷劇場と契約を結び、そこで最も報酬額の高い歌手の 1 人として活動した。
その声質は力強いが透明感があり、かなり広い音域と同時に機動性が非常に優れていたと伝えられている彼女の為に Mozart は、3 幕の Singspiel „Die Entführung aus dem Serail” (Sultan 宮からの誘拐、KV 384) の Konstanze、Kantate „Davide penitente” (悔悟する Davide、KV 469) の Soprano 声部、1 幕の Singspiel „Der Schauspieldirektor” (劇場支配人、KV 486) の Mademoiselle Silberklang、及び 2 幕の Dramma giocoso „Il dissoluto punito ossia Il Don Giovanni” (処罰された放蕩者、又は Don Giovanni) の、1788 年 5 月 7 日に初演された Wien 改訂版の為に改めて作曲された、Donna Elvira による Recitativo accompagnato 付きの Arie (Nr. 21b) を、夫々 Catarina Cavalieri の為に書いている。
この時の „Die Zauberflöte” の公演に招待された 2 人の様子に関して、その翌日に Mozart がその時期療養の為に温泉保養地の Baden に滞在していた、妻の Constanze Mozart (1762-1842) に宛てた手紙の中で、以下の様に書いている。
[・・・]
如何に 2 人の感じが良かったか
そしてどれ程僕の音楽だけでは無くて台本も含め全てが気に入ったか
きっと君には信じられない事でしょう。
2 人はこの Oper が最も偉大な君主の臨席の下
最も大規模な祝祭の場で上演されるに相応しく
これ以上に美しくて人を引き付ける作品は観た事が無いので
きっと何度も観に行くだろうと言っていました。
彼 [Salieri] は序曲から最後の合唱に至る迄
最大の注意力を以て音楽を聴き
また舞台に注意を注ぎ
bravo とか bello [美しい、良い] と言う言葉を
誘い出さない曲はありませんでした。
そして 2 人は [公演に招待して貰った] 僕の好意に感謝するのに
切りがありませんでした。
[・・・]
Wolfgang Amadeus Mozart
による
Constanze に宛てた
手紙の原文は省略
日本語訳及び [ ] 内の補注は執筆者による
この先は次回
»Antonio Salieri Teil 30«
[Archiv / Kommentar 2021 Nr. 2]
へ続く
上部の写真:
Theater auf der Wieden のあった
Wieden の Freyhaus